そっと寄り添う薬箱~自然からの贈り物~

心、感情、心理、セラピー、フラワーレメディに関すること等を綴りたいと思います。

なんとなく惹かれるもの

 

時折、乾いた風が吹く、心地の良い一日でした。

咲き終わった彼岸花は、色を失い下を向いていて、少し寂しそうに見えましたが、

終わりではなく、次の季節の準備をしているのかもしれない、と感じました。

 

つい、私たちは分かりやすい成果や数に意識が向いて、

そういったものにとらわれてしまうことがありますね。

成功しているように見えるもの、数が多いこと。

けれど、目に見える変化がないときにも、

それぞれの時間が流れているのかもしれません。

 

 

一度咲いたお花は、しばらくして咲き終わると、

実を付けたり種を残したりします。

お花が咲いているときだけが、その植物の大切な時間ではないのですね。

私たちも、いつも何かを成し遂げたり、前に進んだりできるわけではありません。

気持ちが沈んだり、何をするにも意欲が湧かなかったり。

そんなときもありますね。

 

実は最近、少し気落ちしていたのですが、

散歩に出かけて、ふと目に留まったバラのお花。

わぁ、綺麗!お花にも霧吹きをかけるのですね。お肌と同じですね~。

と、店員さんと笑い合って小さな花束を抱えて帰りました。

 

お花を飾ってみると、空間が、そして心が柔らかくなったように感じました。

ただ、そのお花を眺める時間。

そんな小さなことが、心に明るさをもたらしてくれたのです。

今朝、飲んだハーブティもローズだったなぁ、と思い

無意識のうちにバラに惹かれていたのかもしれません。

 

 

なんとなく惹かれるもの、

なんとなく心に留まるもの。

そんな小さな心の動きを、大切にしていきたいですね✨

 

 

 

お読みくださりありがとうございました。

頭で考えること、心で感じること


長く降る雨が、次の季節を迎えに来たようです。

夜の始まりが少しずつ早まり、心の中が静まっていくように感じます。

 

私たちの頭には、いろんな考えが湧いては消え、また次の考えが浮かんできたり、

時には同じようなことをぐるぐる考えていたりします。

一方で、お風呂に入って力が抜けて心地よさに浸っているとき、

心が緩み、胸の辺りがじんわりと温かくなります。

 

 

現代は、思考に多くの時間を費やしているように思いますが、

もっと昔は、身体で感じたり、心で感じたりすることが多かったのではないかと思います。

 

もちろん、頭で考えることは、私たちが生きていくうえで、とても大切なことです。

これからどうするのかを考えたり、起きた出来事を振り返ったり、自分にとって必要なことを選んだり。

頭で考えることで、私たちはたくさんのことを理解し、判断することができます。

 

けれど、考えることばかりになってしまうと、自分が本当はどう感じているのか、

分からなくなってしまうことがあるのかもしれないですね。

 

頭では、こうしたほうがいいと思っているのに、なぜか心がついてこない。

大丈夫、と思っているのに、身体には力が入っている。

これでいい、と思っているのに、心のどこかに小さな違和感が残っている。

 

たとえば、誰かから食事やお出かけに誘われたとき、

せっかく誘ってくれたのだから、行ったほうがいいかな。

予定も空いているし、行けないわけではない。

そんなふうに、頭ではいろいろなことを考えるかもしれません。

 

けれど、なぜか気持ちが乗らない。

そんなときは、「私は本当はどう感じているのだろう」と、

自分の内側にあるものに目を向けてみる。

 

呼吸が浅くなっている?

何かを恐れている?

心配している?

言葉にならなくても、感覚は本当の気持ちを教えてくれているのかもしれません。

 

私たちは、頭で考えることに慣れているからこそ、

心で感じることを、少し忘れてしまっているのかもしれません。

だから、ときには考えることから離れて、ただ感じる時間を持つ。

窓の外の雨の音を聴いたり、風の心地よさを感じたり、温かいお風呂に浸かったり。

 

何かをしようとせず、答えを出そうとせず、

ただ、今、ここにいる自分を感じてみる。

 

そうすると、頭の中では見つけられなかったものに、ふと気づくことがあります。

 

 

頭で考えることも、心で感じることも、どちらも私たちにとって大切なもの。

その両方に耳を澄ませながら、自分の感覚を大切にしていけたらいいですね。

 

 

お読みくださりありがとうございました✨

 

もう、がんばれないと思ったとき


空気が秋へと変わり、風が心地よく感じる日でした。

久しぶりに訪れた川の上流からは、

勢いよく水しぶきをあげながら、ゴーッと流れる川の音。

重なった木の葉の隙間から射し込む、柔らかな光。

足裏を通して感じる土や石、枯れ葉や苔。

あたりに漂う、土や植物たちの香り。

そんな道々には、可憐な小さな花がそっと咲いていました。

その可愛らしさと、ただそこに在ることの尊さや美しさを感じていました。

 

 

私たちは、いつの間にか、何かをすることで存在を確かめたり、

人の役に立つことで、認められようとしたりすることがあります。

けれど、誰かが見ているかどうか、認めているかどうかに関係なく、

私たちは本来、在ることだけで、尊く、素晴らしい存在なのだと、

可憐なお花たちが教えてくれるようでした。

 

少し前に、もうがんばれないと感じて、軽い朝食をとったあと、

ベッドに横になることにしました。

掃除や片付け、○○しないと...と、いくつかのすることが頭をよぎります。

それでも、今日はいいよね、そう言っている自分が、そこにいました。

ベッドサイドには、もう一度読みたいと思っていた本があり、手に取ってみました。

そうそう、このセリフ、今でも心に響くなぁ。

そんなことを思いながら少し読んだあと、眠りにつきました。

 

 

私たちは家事でも仕事でも、がんばることが当たり前になっていると、

そこにエネルギーを使い果たして、自分の望みや気持ちを

後回しにしてしまうことがあるのではないでしょうか。

 

がんばったからこそ、できたこと、やれたこと、

人の役に立てたこともきっとあったと思います。

その一方で、寂しい思いをしている、もう一人の自分がいるのかもしれません。

時間ができたら、余裕ができたら...

そうやって、心の奥にしまっている願いがあるのではないでしょうか。

 

 

もう、がんばれない。そう思うとき、

それは、もう十分にがんばってきた、ということなのだと思うのです。

だから、がんばれない自分を責めるのではなく、

がんばってくれて、ありがとう。

無理をさせてしまって、ごめんね。

そんなふうに、自分に声をかけてあげられたらいいですね。

休んでいいよ、がんばらなくていいよ、何もしなくていいよ...。

そんなふうに、自分をいたわる時間があってもいいと思います。

 

 

そうして少しずつエネルギーを取り戻せたら、心の声に耳を澄ませて、

どんな小さなことでもいいので、その願いを叶えてあげる。

そんなことを、少しずつ実行できるようになったら素敵ですね。

 

 

今回、ここを訪れたのも、そんな願いのひとつでした。

 

 

最後に、本の中から好きなセリフをご紹介します。

いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?

つぎの一歩のことだけ、次のひと呼吸のことだけ、

次のひとはきのことだけを考えるんだ。

いつもただつぎのことだけをな。

ミヒャエル・エンデ作『モモ』より引用

 

 

お読みくださり、ありがとうございました✨

 

ありのままの自分

ある朝、「Let It Go ~ありのままで~」という曲が頭の中に流れてきました。

 

以前、この曲を聴いたときは正直なところ、

ありのままの自分でいられるのは難しい、と感じていました。

それは、人からどう思われるのだろう、と周りの目を気にしたり、

こうするべきだよね、というような考えがあったからだと思います。

 

 

社会で生きていくときには、このような視点も大切な場合があるでしょう。

でも、いつもいつもそのようにしていたら、

自分の気持ちが分からなくなってしまうかもしれないですね。

それは、自分の気持ちや本当の思いを、

心の奥にしまっているからなのかもしれません。

 

 

では、ありのままの自分を受け入れるって、どういうことなのでしょう。

不安なときに、

「不安なんだね。先のことが分からないと、不安になるよね」

悲しいときに、

「悲しいよね。こんなことがあれば、悲しくなるよね」

と、自分に声をかけてあげる。

 

今、こう感じていると気づいてあげて、

その気持ちを否定せずに、受け止めてあげることなのだと思います。

 

 

子どもの頃に、

「お兄ちゃんだから、しっかりしなさい」

「お姉さんだから、我慢しなさい」と言われて育ってきた方は、

ちゃんとしなければいけないと常々思ったり、

自分の気持ちを抑えて、他人を優先する癖がついたりすることもありますね。

 

これは、知らず知らずのうちに染み込んでいった、

私たちの心の奥にある、価値観や信念のようなものなのだと思います。

だから、普段は意識していないので、分かりにくいかもしれません。

 

 

でも、もし同じようなことで、もやもやしていたなら、

それは、あなたの心からのサインかもしれないですね。

 

 

もし、もやもやすることがあったとき、

今、何を感じているんだろうと自分の心に目を向けてみる。

すると、その気持ちの奥に、

本当はこうしたかった、分かってほしかった、我慢したくなかった

そんな思いが隠れていることがあります。

 

もしかすると、それは今の出来事だけから生まれた気持ちではなく、

ずっと心の奥にしまってきた思いなのかもしれません。

 

 

本当はこうしたかった、という思いに気づいたとき、

今まで自分を縛っていたものが、

少しずつほどけていくような感覚になることがあります。

 

心の底から、ああ、そうだったんだと納得して、安心したり、

そして、そんな自分を愛おしく感じたり、

これまで頑張ってきた自分に、ありがとう、と伝えたくなったりします。

自然と涙がこぼれることもあるでしょう。

 

 

ありのままの自分でいるということは、

心の奥にある自分の気持ちに気づいて、

その思いを誰よりも大切にしてあげることなのかもしれないですね。

 

 

 

 

お読みくださりありがとうございました✨

 

 

 

 

受け取ることから始まる優しさの循環


今日は雲が空を覆い、降り注ぐ太陽の光が弱まって、暑さが和らいだ一日でした。

 

お店に入ると、「ちょうど今入ったお客様へのプレゼントなんですよ」

と声をかけていただき、驚きました。

冷たいお茶をいただきながら、ありがたくプレゼントを受け取りました。

こういうことって、とても嬉しいですね。

 

でも私は、こんなふうに、以前から

受け取ることができていたわけではありませんでした。

 

私は昔、褒められると「そんなことないです」と言ったり、

手を貸そうとしてくれる人に「大丈夫です」と遠慮したり、

何かをいただくときに「すみません、申し訳ないです」と断ろうとしたり...

そんなことが多かったと思います。

 

でも、最近の私は少しずつ変わってきました。

 

 

以前は、受け取ることは、相手に負担をかけることのように感じていました。

でも、誰かが私のために何かをしてくれたとき、

「ありがとうございます」と受け取ることは、

相手の優しさや思いやりを、そのまま受け取ることなのかもしれない、

と感じています。

 

相手は何かしてあげたい、と思っているのに、それを断ってしまったら、

相手が差し出してくれたそのあたたかな気持ちまで、

受け取らないことになってしまうのではないでしょうか。

 

 

日本では、謙遜することを美徳とする文化があります。

「そんなことありません」
「大丈夫です」
「申し訳ないです」という言葉を、私たちは自然に使ってきましたよね。

人に迷惑をかけないように、と教えられてきた方も、多いのではないでしょうか。

 

 

でも、本当に人に迷惑をかけずに生きていくことができるのでしょうか。

きっと、そんな人はいないですね。

 

誰かが人に優しくしたいと思っても、

相手が遠慮してしまったら、その優しさを届けることができません。

だから、優しさは、与える人だけでは成り立たないのですね。

受け取る人がいて、初めて循環していくのです。

 

 

私たちは、一人では生きていけませんよね。

得意なことも、苦手なことも、一人ひとり違います。

だからこそ、できる人ができることをして、できないときには誰かの力を借りる。

そんなふうに、お互いに支え合うことができたら、

人との関係も、今より少しあたたかなものになるのかもしれません。

 

 

そして、助けてもらったことや、何かをいただいたことを、

必ずしも、していただいた方に返そうとしなくてもいいと思っています。

 

自分ができるときに、目の前の人に手を差し伸べる。

そうすることで、優しさが次の誰かへと循環していくのかもしれません。

 

 

 

受け取ることは、相手の優しさを信頼することなのかもしれないですね✨



 

お読みくださりありがとうございました。

 

 

情報があふれる時代だからこそ、心の声に耳を澄ませて


現代は情報量が多く、江戸時代の一年分が私たちの一日の情報量に匹敵するとも言われています。そのくらい、多くの情報を私たちは日々見聞きしています。

海外のニュースや、今まさに起こっていること、誰かのつぶやきなど、すぐに情報を得られる便利な時代になりました。

 

その一方で、たくさんの情報に触れることに疲れを感じることもあるかもしれません。

また、周囲の意見やさまざまな価値観に触れることで、かえって迷ってしまうこともあるのではないでしょうか。

そんなときは、何を大事にしたいのか、何を優先したいのかが見えなくなっているのかもしれません。

 

本当は何を望んでいるの?

何を大事にしたいの?

譲れないものは何?

そんなふうに、自分に問いかけてみます。

「本当は〇〇したい」

「自分にとって大事なのは〇〇」

「どうしても譲れないものは〇〇」

きっと、内なる声が少しずつ聞こえてくると思います。

 

周りからの助言は、とてもありがたいものです。

特に、年上の方やお世話になっている方からの言葉は、

その通りにしなければ申し訳ない、と感じることもあるかもしれません。

でも、自分の人生のことは、自分で決めていいはずですね。

 

そして、自分の心の声が見えてきても、

それですぐに迷いや不安がなくなるわけではないと思います。

 

大事なことを決めるとき。

人生を左右するような決断をするとき。

新しいことへ踏み出そうとするとき。

不安を感じるのは、とても自然なことです。

 

その不安を消そうとするよりも、

「不安になるよね」

「それだけ真剣に考えているんだよね」

と、自分に声をかけてあげる。

そして、その不安をポケットに入れたまま歩くこともできるのかもしれません。

 

不安な気持ちも、

うまくいかなかったらどうしよう、という心配も、

抱えたまま、一歩進んでみる。

そうすることで、見えてくる景色や、分かることがきっとあります。

 

情報や周りの声に耳を傾けることも大切ですが、

最後に人生の舵を握るのは自分自身です。

 

自分の心の声に耳を澄ませ、その声を大切にしながら、

不安も一緒に抱えて一歩ずつ進んでいけたらいいですね。

 

その一歩一歩が、きっとあなたらしい未来へとつながっていくのだと思います。

 

 

 

お読みくださりありがとうございました✨

自分らしくいるために

雨の季節、久しぶりに晴れ間が見られた日に、あるピアの会に参加しました。

病気を抱えながらも、その人らしく日々を過ごせるように、

医療の面と心の面、両方の視点からお話をさせていただきました。

 

このお話をいただいたとき、私にできるだろうかという不安を感じました。

でも、これまで経験してきたことや学んできたことが、

どなたかのお役に立てるのなら、そんな思いで準備を進めていました。

 

 

スライドや資料がある程度できあがった頃、ふと立ち止まりました。

私が本当に伝えたいことは何だろう、と。

知識や正しさをお伝えするというより、参加していただいた皆さんと一緒に考え、

一緒に感じる時間にしたい、そう思いました。

 

その中で一番お伝えしたかったのは、ご自身にとって心地よいことや、

本当に大切だと感じるものを見失わないでほしい、ということです。

世間の価値観や「こうあるべき」という考え方ではなく、

自分の感覚や気持ちにそっと目を向けて、その声を大切にしてほしい。

そんな想いを胸に、お話をさせていただきました。

 

 

あなたにとって

どんな時間が心地よいですか。

どんなときに喜びを感じますか。

 

 

今、この瞬間に、小さな幸せに気づき、感じること。

それが、自分を大切にすることにつながり、

そして、自分らしく生きることにつながっていくのではないでしょうか。

 

 

たとえ今、できないことがあったとしても、病気があったとしても、

自分の中にある小さな願いや気持ちをすくい上げて、

どんな小さなことでも叶えてあげること。

 

誰かに認められることや褒められることよりも、

ほっとしたり微笑むことができる、

心が満たされると感じられる時間を、自分に贈ってあげること。

そんな積み重ねが、その人らしさにつながっていくように感じています。

 

 

今回、このような機会をいただき、

皆さんがうなずきながら耳を傾けてくださる姿や、

穏やかな表情を拝見しているうちに、伝えるというより、

一緒に時間を過ごさせていただいたのだな、と感じました。

 

 

その時間は、私にとって大切な学びであり、喜びとなりました。

 

 

だからこそ、私自身も改めて感じています。

大切なのは誰かの基準ではなく、自分の心に耳を傾けること。

 

自分自身とは、一生のお付き合いですね。

だから、自分の気持ちや心の声、そして身体の声にも耳を傾けながら、

自分と仲良く、心地よく過ごしていきたいですね。

 

 

 

お読みくださり、ありがとうございました✨