今日は、あるインドの物語をご紹介します。
インドのある水汲み人足は、二つの壺を持っていました。
天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ、首の後ろで天秤棒を左右にかけて
彼は水を運びます。
その壺のひとつにはひびが入っています。
もうひとつの完璧な壺が、小川からご主人様の家まで一滴の水も
こぼさないのに、ひび割れ壺は人足が水をいっぱい入れてくれても、
ご主人様の家に着く頃には半分になっているのです。
完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。なぜなら、彼が作られたその本来の目的をいつも達成することができたから。
ひび割れ壺は、いつも自分を恥じていました。
なぜなら、彼が作られたその本来の目的を、彼は半分しか達成する
ことができなかったから。
2年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、お日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気づきました。
水汲み人足は言いました。
「ぼくは君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種を
まいたんだ。そして、きみは毎日、ぼくたちが小川から帰る途中、
水をまいてくれた。この2年間、ぼくはご主人様の食卓に花を
欠かしたことがない。君があるがままの君じゃなかったら、
ご主人様は、この美しさで家を飾ることはできなかったんだよ」
(子どもの心のコーチング 菅原裕子著より引用・一部省略)
何度読んでも、胸に染みいるお話です。
ひび割れ壺が自分を恥じていたように、私たちは
知らず知らずのうちに自分で自分を苦しめてしまうことがあります。
もし、強くあるべきと思っていたとしたら、
そうでない自分を責めてしまうかもしれません。
人は誰でも強い時もあれば弱い時もありますよね。
みんなと同じでなければいけないと思っていたとしたら、
みんなと違う自分を否定してしまうかもしれません。
今の自分はこうなんだな、とあるがままに認めていくと、
自分を受け容れていけるのではないでしょうか。
そしてひとりひとり違うから、
あなただけの道ができていくのだと思います。